ラマダンのススメ~タダで得られるPricelessな喜び~

著者:ボカボカ  このエントリーをはてなブックマークに追加 Check

《今回の5W1H》
・いつ(When) 今年の8月上旬に
・どこで(Where) モロッコの砂漠で
・誰が(Who) 日本人の小娘が
・何を(What) ラマダンを
・なぜ(Why) 止むを得ず
・どのように(How) 忍耐力一本で

ということでして、なんだか最後のほうは苦しみが滲み出ており
あんたは本当にラマダンをススメる気あるのか、と問われてしまいそうですが…

あります。それは大いにあります。

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まずラマダンとはなんぞや。
というかなんでモロッコなんかに行ったんじゃい。
というかお前は何者じゃい。
など、様々な疑問をお持ちであろうかと思いますが
いったん目をつむり、お付き合いください。

ラマダンとは、イスラム教独自の「日の出てる間は飲み食い一切禁止」という
なんとも私たち日本人にとってはエキセントリックな習慣でして、毎年約1ヶ月あります。

モロッコに訪れる直前になって 旅行期間がラマダンにぶち当たるという事実に気が付きました。

どんな状況であったか。その1
もちろんイスラム教徒でない観光客はラマダンする必要はないのですが、
昼間はお店が閉められていたりということでモロッコ全体の旅行客はぐっと減るらしく、
私が滞在した砂漠の宿も、他にお客はいませんでした。

そんな中、宿は明らかにラマダン仕様になっており、
Closedでこそないものの、決してOpenな状況ではありませんでした。

どんな状況であったか。その2
従業員はラマダンをいかに乗り越えるかということに心血の9割を注いでおり、
残りの1割は何にも注いでいませんでした。

要するに客としての扱いは受けず、当然のように私もラマダンの渦に巻き込まれ、
日中は食にありつけず、日が沈むのを待ち 彼らと同じタイミングで同じ食卓を囲みました。

こんな状況だったからこそ。
日本の普段の生活で食べたら何でもないような、むしろ若干苦手だなと思うようなものも、
涙が出るほど うれしく、おいしく感じ、ものを食べられる、冷たい水が飲める、という
日常では得がたい新鮮な喜びを 体の芯から感じました。

ラマダンの真意は色々とあるのでしょうが、単純に「当たり前を制約してみる」ことにより、新鮮で根源的で尋常じゃない喜びを得られることに気がつきました。
なんと しかも 無料で。というか旅行先のモロッコで。

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わたしからの提案
ぜひ、「ラマダン」を日常の中でしてみてください。
文字通りの断食ラマダンをしてみるのもいいですが、そうでなくても自分なりの「ラマダン」をしてみてください。

たとえば氷ラマダン。
氷を入れて冷たい飲み物を飲めることに涙することでしょう。

たとえばパソコンラマダン。
知りたいことをすぐに知れることの便利さに涙することでしょう。

たとえば友達ラマダン
いかに友達が必要不可欠な存在か、友人との何気ないやりとりにも涙することでしょう。

たとえば山手線ラマダン
普段20分で着いていた所に2時間もかかったりして、
山手線の粋なコース取りに改めて気付き涙することでしょう。

たとえばコンビニラマダン
コンビニのコンビニエンスさを再確認、
そしてからあげ君の決して家庭では出せない作りこまれた人工的な味に涙することでしょう。

たとえばカップ麺ラマダンファミレスラマダンTSUTAYAラマダン
このへんでやめておきます、荒れた生活を露呈しかけてしまいました。

当たり前に手に取れるものをあえて制約してみる。
そしてそのありがたさを再確認してみる。

そうやって得られる喜びこそが、
最も人間的で、最も私たちが忘れがちなものではないでしょうか。

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